« 「オフィス」と「住まい」考
|
メイン
|
神戸のCI資料倉庫よ「ありがとう」 »
■■■デザインの目標
(達成すべきところ以上に、目指すべきところとは)
2009 / 3 /18
デザインの目標とは一体何か。
それがひょっとすると私自身のライフワークかもしれない。
先週所用があって東京大学大学院情報学環の吉見俊哉教授と石田英敬教授にお会いしました。現学環長と次期学環長のお二人です。結果的に2時間半もの長いお時間をいただいて話し込むことになり、再会を約して帰って来ました。
この時つくづく感じたのは、東京大学と早稲田大学の先生がまるで違う存在であるということでした。どちらが良いとか悪いとかいうことではなく、敢えて言うならば、それは目標としておられるところや役割の違いとでもいうのでしょうか。
ところで、このたび情報学環の学環長室をお訪ねした際、その建物は赤門を入って直ぐの東大図書館を回り込んで入って行く位置にありました。その時私は、かつて上京した次の春に受験した東京芸術大学建築学科の二次試験で、この図書館の建物を描かされたことを思い出しました。
試験は、一次は学科で二次がスケッチ、三次が製図でした。入試倍率は確か28倍位でしたので、学科試験は中央大学の校舎を借り、これをパスした人たちが二次試験で野外の建物を描いたのですが、その対象が東大の図書館でした。これも無事合格をして三次で図面を描く設計の試験になって、ようやく芸大本校舎で行われたと記憶しています。
この三次試験の途中で、私は「これはやめよう」と考えて、試験監督の人に帰りたい旨伝えましたところ、相手の方に信じられないといった態度でとどめられたことを思い出します。
でも、その時私は本当にここは自分の目標とする所ではないと閃(ひらめ)いたのです。もっとも、そのまま最後まで続けていても落ちた可能性は大でした。課題が小住宅の設計だったのですが、私の作品は建物に一つの強い方向性を与えようと、例えば床刺しの畳を平気で敷くような図面であって、変わったというより常識はずれの設計でした。ですから余程この独創性?というか強い個性を認めてもらえない限り、落ちるのが当たり前のような作品でした。
その後、当時バウハウスフリークであった私は、勧められて桑沢デザイン研究所に入ったのですが、その1年半ほど後に「デザインとは何か。どこを目指すべきか」に気がついた訳ですから、振り返ってみると、結果的には大いに良い選択であったように思えます。
この桑沢時代に気づいたことというのは、「デザインの最終目標は、具体的な形の表現をすることではない」という指標です。確かにデザインにとって最終的な造形表現は実に重要なのですが、そこで止まると「デザインが持つ哲学や可能性の芽や広がり」自体を摘み取ってしまうのです。
確かにデザイナーは画を描くことができます。モデルを造ることもできます。こうしたレベルの創造行為までは可能ですが、生活全体を美しくするとか街を快適に過ごせる場にするといった、いわゆる生活を支え生活に紛れていくデザインや、街を埋めていくデザイン全体を高め具現化していくような総合的な実行力は、残念ながらデザイナーにはありません。美術学校の延長上にあるデザインの専門教育はそのような能力を決して目指してはいませんから。
でもデザインがミッション(使命)とするところは、こうした社会基盤ともいえる領域での審美性・快適性・安全性等々の追求と具現化なわけですから、これはどう考えても職能的なデザイナーだけの手には負えない領域を包含しています。つまりデザインを広い領域にわたって機能させるということは、経営者・政治家、そしてその他多くの分野の人たちの価値観改革や意識の高揚があってこそ可能なのです。
よくデザインとアートの違いについて、「デザインは受け手のために創り、アートは作者自身がつくりたい物を創る」と言われます。
確かにこれも一理はあるのですが、最近の私は「そんなことは受け手が判断すればよい問題であって、どちらでもいいではないか」と、受け手主体の発想を強く持つようになってきました。そうならないと所詮デザインは、送り手主体の発想や個人作品の閾(いき)を抜けきれない、との思いが強いからです。
特にユニバーサル・デザインやエコロジー・デザインの分野になると、デザイナーという職能人だけの手には余ります。これはわが国のデザイン政策という点から考えても、国民レベルのデザイニスト(デザインを大切に思い社会や生活に採り入れようとの主義主張を持つ人々)化が必要と思えるのです。
今後の、極端な人口減少やGDPの下降が歴然と横たわるシミュレーション下においてはなおさらです。
ところで、こうした広い意味での「デザインの持つパワー」を証明して見せたいとの構想が「PAOS型CI」とか「日本型CI」と呼ばれる分野でした。それを構築していくことになったきっかけは、デザインの持つ潜在的な力を示すためには、企業の経営者を動かすことが第一、企業経営に大きな影響力を持つことの証明が最重要、との発想です。
それまでは、まさかデザインが計画的・戦略的に潰れかけた会社を救ったり、品質の差異化や価格の差別化では叶わないような画期的な数字的成功が勝ち取れるとは、誰も考え得なかったのではないでしょうか?ぞれ以上に、プロジェクト導入後数十年後の企業のポジショニングまでデザインでできてしまうなどと考える人などいなかったことでしょう。
こうしたことも、全て「個人の作品」のデザインではなく「組織的・長期的な仮説」のデザインを可能にした構想の所産ですし、PAOSにはその事実を証明するに足る、20~30年前からのコーポレート・アイデンティティ・プロジェクトに関わる詳細克明な資料が保存されています。
これらのCI開発資料、つまりわが国が世界史上最も注目を浴びた時代の産業史的アーカイビングを、今後どう役立てていこうかとの思案が、現在の私の最大の課題とも言えるのです。
※本Blogへのご意見・ご感想をお待ちしております。
こちらまでメールをお寄せください。
Blog内にてご紹介させていただく場合もございますので、何卒ご了承願います。
----------------------------------------
田口健太朗様からのコメント
いつもブログを拝見しております。
今から30年ほど前になりますが、大阪のネームやタグなどの副資材を扱う商社のサラリーマン時代、ダイエーやアシックスなどと取引があり、企業がデザインの力で大きく変わるのを目の当たりにして、パオスを知り大きな衝撃をうけました。
サラリーマンをしながらグラフィックデザイナーをめざしていた私は、当時大阪谷町四丁目にあった編集教室という学校の9期生として、夜間の講義を受けていました。受けていたのは絵本コースで、同じクラスにパオスの社員の女性がおられました。お名前はもう忘れてしまいましたが、確か絵本の賞をとって絵本作家の道に進まれたのではないかと記憶しております。クラスはすべて女性で男性は私一人でしたので、恥ずかしさもあり当時はあまりクラスの皆さんとはお話できなかったのが残念ですが……。
看護婦さんや教員の方に混じって、パオスに関わる方がおられたことがとても印章深く、デザインを仕事にしようと決意を新たにした次第です。
現在は、デザインと編集のプロダクションを生業としています。早稲田の中西さんの講座を受けてみたいと思いながら、仕事の忙しさもあり、なかなか実現にいたりませんが、今後もブログを楽しみに拝見していきます。
----------------------------------------
投稿者 Nakanishi : 2009年03月18日 12:00